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[コラム] 人間関係において信頼というものは存在しません。

作成者 不倫・浮気トラウマ治療(ip:)

作成日 2021-10-22

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内容

 

信頼は人間関係においては存在しない概念です。信頼というのは、自分が相手の言葉と行動を信じたいのにすぎません。それで信頼はいつでも壊れる可能性を孕んでいます。

 

例えばビジネスをするときに契約書を書くのですが、契約書を書く理由はもし問題が起こったときに備えた安全装置です。契約書を書くということは信頼していないというのがベースになっています。問題が起こり得る可能性があると考えてそれに備えるために契約書を書きます。つまり相手との間で問題が起こる可能性が高いという意味です。

 

結婚をしなくても子供を産み家庭をなして幸せに生きていくことができますが、結婚をする理由は、法的に制度的に安産装置をつくっておいたのです。なぜならその根底には問題が起こり得るという前提があり信頼がないからです。信頼していれば結婚してもしなくても関係がありません。結婚しなくても子供を産んでいくらでも幸せに生きていくことができます。

 

では皆さんは配偶者は信頼していますか。

信頼という概念をきちんと理解する必要があります。信頼は人間関係の中では不可能なことです。そのため私たちは慣習や法律によって安全装置をつくっているのです。人間関係においては調和と秩序、規則が必要です。お互い信頼していれば調和も秩序も規則も必要ありません。調和という概念、秩序という概念、規則という概念が介入すると、自分の一部を誰かのために譲歩し犠牲にしなければなりません。私たちがそうする理由は相手を信頼しているからではありません。あくまでも自分のためなのです。

 

例えば子供の世話をきちんとする理由は、もし子供に問題が起こると自分が苦しくなるからです。自分の老後を平穏に暮らすためには子供が健康に一人前に育たなければなりません。子供が病気にでもなると自分の人生も苦しくなります。自分のために子供をきちんと育てようと頑張るのです。

 

信頼をいう言葉を迂闊に使ってはなりません。信頼という美名の下で多くの人が犠牲を払い、傷付き、ストレスを受けながら苦しんでいます。信頼というものは素晴らしいものですが、不可能なことだからです。不可能なことに自分のすべてをかけてはなりません。

 

本心と信頼は似通った表現です。

 

男には本心はあるのか疑われることも多くありますが、確かに本心はあります。自分が考えるときは本心です。少し前までは好きだったものが今は好きではないとすれば、少し前は好きだったのも本心であり、今は好きでないのも本心です。ただそれだけです。

 

女は少し前に好きだったから今も好きでなければならないのが本心です。今も好きでなければならないから心が痛み苦痛を感じながら、何とかして回復しようともがいています。女は感情が作用しているので、良い感情の時に、気分を損ねたからといって良い感情がすぐになくなるのではありません。少なくとも100回くらいは気分を損ねてこそ良い感情が悪い感情に転換されます。

 

女は愛し合った男と別れるときはその男は最悪の人になります。愛するというのは良い感情です。この良い感情が普通の感情に変わるためには、悪い感情が入ってこないとなりません。良い感情は放置するとそのまま良い感情が維持されますが、悪い感情に転換されるためには、良い感情の大きさだけ悪い感情が入ってこないといけません。このようにして悪い感情が入ってきたから、愛した人が最悪の悪い男になるのです。

 

それで愛した男と別れると最悪の男になるのは当然ともいえます。

 

しかし男は違います。男は自分の気分次第です。昨日は最悪の女でも今日見たときに何とも思わなければ何ともないのです。男は愛した女と別れるときにその女が最悪になることはありません。ただの他人になるだけです。他人だったのに再び会って良ければまた愛する関係になれます。女から見れば話にもならないことですが、男には可能なことです。これが男の気分と女の感情の違いです。





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